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カナイケイスケ

サーカス・アーティスト「金井ケイスケ」、またはパフォーマー「ケイスケ」のページ

2006 08/06

レバノンの思いで

2005年の夏、レバノンへ公演のツアーで行った。あれから一年、いまでは空爆によって街が破壊され、一般市民までが標的にされている。いつまで残酷な歴史は繰り返されるのだろう…。                                                                                   thumb_1170019599.jpg 暗殺されたラフィフィ・ハリリ元首相の足跡の再現。この数歩目に自動車にしかけられた爆弾によって吹き飛んだ。シリア政府の陰謀説が強く、これを期に運動がおこり、シリア軍はレバノンから撤退せざるをえなくなった。僕らがベイルートへ行った時は完全に修復され、ここでついこないだ爆弾によって人が暗殺されたとは思えないぐらいおしゃれになっていた。                                                   thumb_1170019777.jpg                                             thumb_1170019690.jpg                                                 写真はベイルート近郊の丘の上にある歴史地区ダル・エル・カマールでの舞台公演の仕込み。                                                    thumb_1170020794.jpg                                 レバノン料理。いろんな料理がでてきたが、野菜もたくさん、肉料理もライムを沢山かけてさっぱりと頂く。どれもうまい! イスラム教徒が多く住むサイダの街。ここでは街のお祭りで公演する予定だったが、同じときサウジアラビアの王様が亡くなり、お祭りそのものが中止になった。かわりに今年になにかやらないか、という話があったが、いま空爆されているので無理だろう…。                                       thumb_1170020164.jpg サイダでの舞台設営ではパレスチナからの避難民といつも仕事をしていた。彼等はとにかく写真を撮られるのが好きで、何枚もとったなぁ。                                                              thumb_1170020231.jpg                                                               イスラエルにもっとも近い都市ティル。フェニキュア人の海上交易都市として栄えた街で現在は観光地、といっても観光客はみんないまごろどこかに避難しているだろう。                                                                      イスラエルはユダヤ人、アラブはアラブ人、と日本では一般的に思われているが、実はそんな簡単なものじゃない。レバノン人の中にだってユダヤ人は沢山いる。ちなみに僕らのお世話をしてくれて、とても仲のいいお友達になったある女性スタッフは「イスラエルは嫌い」といっていた。ちなみに彼女はアラブとユダヤの血が半分半分混じっている…。                                                                                     thumb_1170020283.jpg ティルの街でみかけたキリスト教徒達の結婚式。 ちなみにレバノンには防空壕がない。かれらは爆撃からいったいどうやって逃れるのだろう。 僕の住んでいるフランスではアラブやユダヤ、イスラエル人もレバノン人も同じ社会の中で暮らしている。しかし中東で紛争が起こるたびに民族意識が高まり、結果他の民族を認めたがらないファシズムにおちいる危険性がある。うちの目の前のシナゴーク(ユダヤ教会)ではお祈りに集まる一部の人たちは、日に日にユダヤのあの黒い帽子に黒スーツと長いあご髭を伸ばし、自分がユダヤ人である事を主張している気がするのは気のせいだろうか。 そして大人達だけならともかく、子供達までもがユダヤ人である事を主張しはじめている。 それが将来的に他の民族排除に繋がらないことを祈るばかりだ。そしてそれに対抗する一部のアラブ系の人たちにも同じ事が言えるだろう。 中東問題は自分にとってひとごとではない。 サーカス学校にいた頃、友達のイスラエル人と一緒に地図をみていたらサウジアラビアやイランイラクの場所を指し、「ここには国など存在しない、ただ砂漠があるだけだ」とはっきりいっていた。たとえ議論しても彼は自分の意見は撤回しなかった。いろんな事から自由になるために彼はイスラエルの軍をやめて、アーティストになったって言っていたのに…。 どんなことでもいいから話し合う事が必要だ。ヒズボラを潰したからって、人の憎しみが消えるわけではないし、更なる憎悪を産むだけだろう。 まずは停戦!

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