カナイケイスケ

サーカス・アーティスト「金井ケイスケ」、またはパフォーマー「ケイスケ」のページ

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モロッコ サーカスの旅 パート1

モロッコでみたお墓は写真のようにみんなメッカの方角を向いていた。                                                  thumb_1113178662.jpg                                                                                    現在「ブジェパブジェ」のツアーでブルターニュ公演中だが、合間をぬって今年2005年の2月にモロッコにいた時の事をやっと書いている。このようにツアー中の方が時間に余裕があったりする。                                                              ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^  モロッコ<ラバト>                             ヨーロッパを南下しジブラルタル海峡を超えると、アフリカへの玄関といわれる「モロッコ王国」がある。王国といわれるからには王様がいて、カサブランカの空港にはさっそく大きな額縁の中に収まった「ハッサン6世王」が僕らを出迎えてくれた。                                       入国審査を終えカサブランカの空港ロビーに出ると、あふれんばかりのモロッコ人達がなにやらこちらにむかってアラブ語で叫んでいる。              発展途上国によくいる自称ガイド達が、手ぐすねひいて僕らのことを待ち構えていたかー!っと思って身構えていたら、僕らの事は全く無視し、みんな入国ゲートをでてきたおじいちゃんおばあちゃん達を出迎えている。どうやら彼等の家族らしい。みんなよく見ると、長衣にフードがついたジェラバ、女の人はカフタンとよばれる服を身にまとって正装している。                                                               後で分かった事だが、ちょうどイスラム教徒がメッカの巡礼を終えて帰ってくる時期と、僕らの到着が重なったらしい。メッカ巡礼は、イスラム教徒ならだれでも一生に一度は参加したい大行事。毎年ドミノ倒しで死者が出るほど、沢山の人が出かける。参加する方も命がけのビッグイベント。ぼくらの初詣のお参りとくらべても、スリルでは向こうのほうに軍パイがあがる。                                                           僕らの目の前では出迎えの家族と帰って来たその肉親とが、体当たりして抱き合って再開を喜んでいる。ほっぺたやアタマへのチュ−はフランス以上に激しい。お年寄り達が五体満足に帰ってきてくれたんだから、そりゃ嬉しいか。          彼等の家族愛におもわず感心していたら、一人の男が「ブジェパ?」とカタコトのフランス語で話しかけて来た。こいつこそ自称ガイドを名乗る怪しい輩かと思ったら、「ブジェパブジェ…、」ってそういやそれって僕らの作品名…。じつはこれから僕らをモロッコで案内してくれる現地の運転手だった。ここから彼とは最後まで一緒に旅をする事になる…。                                                                   <運転手ムスタファ>                            さて、フランス語が堪能なモロッコ人「ムスタファ」の運転するバンにのってカサブランカ空港から最初の公演地「ラバト」へむかう道中でのこと。                                               ムスっと運転している彼に「きみはイスラム教徒? 素手でご飯を食べるってホント?トイレは紙ないんでしょ? フランス語どこでおぼえたの?」と次から次へと100%モロッコ初心者マーク丸出しで質問を投げかけた。                                                  車内ではビートルズのカセットが「ゲットバック」を歌っている。さすがにモロッコ来てまでビートルズは聞きたくないので、オリエンタルなアラブ音楽に変えてもらったら、彼も鼻歌まじりでリラックスして話はじめた。彼は西洋人には、いつもビートルズを用意しているようだ。                                                               タンジェという町に彼は結婚して住んでいて、子供もいて、熱心なイスラム教徒で金曜日の昼は家族でクスクス(現地の定番料理)を食べてアルコールは絶対口にしない事などが分かった。ふむふむと真剣な顔で彼の話を聞きつつ、緊張の緩んだ彼の顔がキングギドラに似ている、と思ったがそっと心の中に閉まっておいた。まわりのフランス人に言ってもわからないなんて、あーくやしい…、アンギャー…、おっとそれはゴジラか。                                                                       途中サービスエリアの駐車場で、他の車の運転手がアスファルトに絨毯敷いてメッカに向かってお祈りしていた。どうやらお祈りの時間らしい。それをみているこちらも敬虔な気持ちになるから不思議だ。                      でも僕らの運転手ムスタファはそれをみても祈りもせず、特に反応していない…、あれっ、こいつ熱心なイスラム教徒のはずなのに…、とおもって後で聞いてみたら、「仕事をしている時はお祈りできないから、できなかった分をまとめて朝と夜にやるんだよ」と言っていた。後で知った事だが、現代的感覚のイスラム教徒はお祈りできなかった分をまとめて後でお祈りするらしい。便利な世の中になったなぁ…。そしてモロッコの首都ラバトに到着。                                                              <モロッコの首都 ラバト着>                          ラバトの中心街には、現代的な建築が立ち並び、大通りはまるでシャンゼリゼのよう、しかも僕らのホテルは国の迎賓館の前…。                  ラクダも、じゅうたん売りも、大麻を売りつけてくる怪しいおっさんもいないでないかーい!。アラビアのロレンスはどこ行ったー!と叫んでもアラジンの魔法のランプがそれらを出してくれるわけでもなく、スーツや現代的なファッションに身を包んだ男女が楽しそうに通り過ぎてゆくだけだ。                  大体モロッコの丸の内みたいなところでそんなもの求めてもしょうがない。日本の国会議事堂の前でチョンマゲのサムライがいなくてがっかりしているようなものだ。                                       モロッコのイメージを一瞬にして砕かれた傷を癒そうと、ホテルの隣の生演奏付きモロッコ料理のレストランへ行く。                       たのんだタジーヌ(モロッコの煮込み料理)の味はなかなか。でも値段がひとり約200ディラハム!(20ユーロ、約2700円!)た、たっかー、これってほぼパリの値段かそれ以上じゃん!                                                                そんなこんなで、第一歩目からぼくらが抱いていたモロッコのイメージは、現代モロッコ人達に大きく砕かれ修正されていった。                 やっと「アフリカへの玄関」と言われるモロッコで、アフリカ大陸の洗礼を受けたと言えるのかもしれない。                           パート2へつづく

| モロッコ、モーリタニアツアー | 09:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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