カナイケイスケ

サーカス・アーティスト「金井ケイスケ」、またはパフォーマー「ケイスケ」のページ

2007年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年09月

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サーカスは空の色

                    
           



                         ☆ようこそ☆
                 



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                                                                                               ☆そらのいろしたサーカステント☆           




                                                
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       ☆ごしゅごしゅ、 ごしゅごしゅ、 パトリックはサーカステントのアカおとし☆





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                     ☆きょうはサーカスはおやすみ☆


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                      ☆そらのいろしたサーカス☆                                                   thumb_1186039135.jpg





                         







        







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| サーカスの世界 | 16:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サーカスアートの国フランス ぱーと5

2001年7月フランス国立サーカス大学CNACでの研修報告,そして現代フランスサーカスを検証する試み

サーカスアートの国フランス パート5 

<自分の状況>
フランスで自分のカンパニーをやっている。毎回公演は勝負だ。

CYRK13
最初に、振付家フィリップ・デュクフレとぼくらCNACの卒業生達のコラボレーションで創った作品「Cirque 13」は約2年間ヨーロッパをツアーした。
サーカス的な見せ方をベースにしたなかなか洒落た作品で、衣装は山本ヨウジ氏の服を提供してもらった。出演者とカンパニースタッフ約30人。800席ほどある大きなサーカステントをトレーラーが運んだ。どこからみてもサーカス!
                                          OkiHaikuDan
フランス人の空中ブランコ乗りと僕の、二人だけのカンパニーの作品「ブジェパブジェ」はヨーロッパだけでなく何度もアフリカまで連れて行ってくれた。
僕らは、テントもなく派手な衣装もメイクもなかったけど、33カ国もの国で受け入れられた。公演としては大成功といえるだろう。

前作は誰でも楽しめる作品だったが、今回の新作「ガイ-コツ」は誰が楽しめるかフタを開けてみないとわからない。
芸術的達成感も重要だけど、時間もお金もたくさん人も巻き込んでいるので、経済的達成は同じぐらい重要。だから公演で観客がどんなに盛り上がっても、売れなかったら意味がないと思っている。
買い手はフェスティバルや劇場のディレクター達。彼らは毎週三本以上、時にはほとんど毎日舞台を観ている時もある。その人達が決める条件は「自分のフェスティバル、もしくは劇場の観客にみせたいもの」+「彼ら自身の好み」。

<売れる作品とは>
「新しい」「オリジナリティーがある」「値段が相応」
さらに付け加えると、「歴史を踏まえた上で芸術的に挑戦している」こと。じつはこれがヨーロッパの劇場文化の中でもっとも大事な事かもしれない。更に言うと日本やアジアの芸術の歴史も、彼らなりの解釈で消化されている。その消化された日本やアジアの歴史も知らないと勝負をするのは難しい。
日本にいながら「欧米の歴史を踏まえて芸術的に挑戦」するのはなかなか難しい。最近になって、自分をフランスの環境に置きつつ、自分の中のなにかを確認するために、日本やアジアの他の国に行くのは必要なことだというのが分かってきた。

<新作「ガイーコツ」にむけて>
今回の作品は正直言ってサーカスでもダンスでもないが、身体表現であることに変わりはない。
自分の死生観を作品の中で遊んでみた。
観客はサーカスとダンスの両方に興味を持つ人達だと想定する。結果は9月のパリ日本文化会館公演のフタを開けてみないとわからない。
その時に<欧米の歴史を踏まえた上で芸術的に挑戦している>かどうかが試される。                                             
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                                         <まとめ>
ヨーロッパの現代サーカスはやはりフランスが中心だ。この国の国際文化の牽引力たらんとする執念には驚く。驚嘆に値する。だからフランスの文化や経済にかげりが見えるとEUや他の国にも少なからず影響する。
いったいいつまで現代サーカスが残るのか、形を変えていくのかわからないけど、いまだ多くの人に夢を与えているのは確かだろう。

日本に視点を移すと、舞台芸術というものがあるにはあるけど、いくつかのカンパニーを除いてはなかなか海外で売れる作品がないのが現状だ。日本にいながらカラダを使った表現で海外にも売れる作品を目指すのは難しい。自分の経験としてはある程度日本でやったなら、いっそ海外に行ってしまった方がいい。

僕はフランスに来るためにいろんな人に助けられた。自分の目標を達成することでその人達への恩返しになればと思う。

フランスでとにかく10年は活動しようと決めた。すると2009年までフランスで活動をすることになる。
10年経ったら<フランス・サーカスの旅10年>というレポートでも書いてみるかな…。



| サーカスの世界 | 15:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サーカスアートの国 フランス パート4

2001年7月フランス国立サーカス大学CNACでの研修報告から、現在のフランスサーカスを検証する試み

サーカスアートの国フランス パート4

<日本のこと>
6年前に比べると日本もいろいろと状況が変わった。
一つはサーカス学校が出来た事。もうひとつは、いろんな大道芸のフェスティバルやお祭りが出来た事。さらにもうひとつ。東京がヘブンアーティストをつくって大道芸を許可制にしたこと。
日本は今までにないぐらい大道芸が盛んな国になっている。

<対決!日仏アーティストのギャラ>
投げ銭世界一!といわれる日本だけあって、やる気とテクニックがあれば、投げ銭だけでも食べていく事が可能だ。
イベントのギャラもプロになれば、日本人で1日5万円ぐらいで仕事を取る人もいる。フランスなら現代サーカスで1日手取り200ユーロ前後、今の相場で円換算すると悪くない感じするけど、実際生活してみると1ユーロが100円みたいな感覚なので1日の出演料2万円前後ってことか…、や、安すぎる!
フランスで大道芸やっても投げ銭なんて日本みたいに入らない。

単純に金額だけ考えたら日本の方が絶対に良いのはあきらか。しかしフランスは税金などが高い分、労働傷害保険、アーティスト保証(失業手当)、バカンス基金、著作権料など副収入がいろいろ。結論としては難しいところ。

日本の大道芸はイベント予算やあらゆる企画に対応できるようにピン芸人(ひとり)やコンビが多いのに対して、フランスでは大道芸はグループで行う事が多い。

日本はクライアントの意向に合わせたものや、サービス精神のある芸人が求められるが、フランスでは芸術的成功、作品的成功を求められる。
そもそもやろうとしている事が全然違う。日本の大道芸フェスティバルは企業や行政に委託されたイベント会社や芸人派遣会社がクライアント。フランスは公共の助成金によって地元の劇場や芸術や教育に携わる人達が運営する。どちらも求めているゴールが違う。だから最初から同じ土俵ではない。

時代も変わり、現代サーカスや大道芸を目指してフランスやヨーロッパに来る外国人(日本人も含む)は増えた。今後もっと増えるかもしれない。日本以外の価値観をもつ世界で勝負することで、いろいろ感じることもあるだろうし、日本の現在の文化状況がクリアーにみえたりする。

僕がフランスで仕事を始めたときは、日本とは全然違う社会システムに最初はとまどった。しかし知ってしまうとどうという事はない。逆に多くの社会保障や納税者の権利など、社会からの恩恵というものを感じずにはいられない。(ただし、仕事をしないとたいした権利はないけど)


外国人なら避けては通れない滞在許可証、労働許可証の問題もあるけど、それはまた別な機会で触れよっと…


いつもお世話になっている、札幌ジャグリングクラブまめぞうさん/だいどんでんに於いて                                           thumb_1185971398.jpg
                                              <日本の活動>
2001年の研修報告にも出ているけど、「体風の芽」というパフォーマンスフェスティバルを、地道に続けている。 
残念ながら去年はスケジュールがあわなくてお流れ。今年もまだどうなるかわからないけど、出来る人が中心になってやってくれる事を願う。
あとは東京や札幌でヨーロッパのアーティスト達とヌーボーシルク企画を成功させて、多くの日本の方と繋がった。アーティストも札幌ラーメン食えて大喜び。

札幌での公演場所 芸術の森 2004年                                                                                                                                
ワークショップは年にかならず一回はやっている。日本での活動は常に頭の中にある。
パフォーマンスの興味を増やすための企画、アーティスト同士が交流して刺激しあう機会を増やしていきたい。
 

<体風の芽>打ち上げ                                 thumb_1186037775.jpg
                                              まだまだサーカスの旅はつづく…

| サーカスの世界 | 21:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サーカスアートの国フランス パート3

2001年7月フランス国立サーカス大学CNACでの研修報告から、現在のフランスサーカスを検証する試み


サーカスアートの国フランス パート3

<現代サーカス失業問題/フランスの状況> 
                                                   僕がフランスにきた頃、サーカスは流行の波に乗っていた。
その波は今以上に熱かったと思う。
サーカス教室はあちこちで増えて、親達は子供をバレエ教室に行かせるより、もっと庶民的なサーカス学校に行かせる事を望み、それと同時に教師の数も増えていった。
サーカス学校に通う子供たちや、子供を通してサーカスを見直した大人たちが観客となって、公演にやってくるようにもなった。


「観客が増えたから、公演をする側のアーティストは仕事があっていいじゃない」と言われるけど、サーカスそのものはアーティストが増えすぎたために仕事は減っている。
かわりに違うジャンルでも働くのが今では常識だ。僕もダンスカンパニーの仕事もしている。
サーカステクニックがあればなんとか食べていけた時代はすでに過去のものだ。

需要と供給のバランスの問題。
そもそもカンパニーの数が多すぎる。
アーティストも沢山いる。
この世界には就職なんて事はありえないから、どこかで出演するか、自分たちで作品つくるかしかない。
だからそれ以外の時間は世間で言ったら失業者。
フランスは約八ヶ月のアーティスト手当がある。でもその資格は最近は取りにくく、やっと取れても失うのはあっという間だ。
その資格を失い、さらに蓄えもなければ路頭にまようしかない。


サーカス学校もアーティストを輩出しても、仕事があまりないのがわかっているのか、教育者を育てる事にも力を入れはじめているし、プロのアーティストの再教育にも熱心だ。
しかし、これ以上教師やアーティストを増やしても、仕事はそんなに増える事はないだろうから、結局はサーカス失業者を世に沢山出す事になる。


このあいだ出会った、60才を超えたパリの手回しオルガンの歌手の話しを思い出す。
「おれは若い頃マイムやってたんだ。あの頃はマルソーやルコックとかすげーもてはやされてたし、マイムで作品やってたらしっかり食べていける時代だった。俺の周りはマイムだらけだったぜ。
でもある時から全然仕事が無くなって、マイムは過去のものになっちまった。なんでもそうだけど世の中には流行ってものがあるからな。観客ってのは非情なもんよ。そのまっただ中にいるとよく見えないけど、流行が去った後はそりゃ寂しいもんよ。
おれは歌も好きだったから今でも人前に出て似たような仕事してるけど、あのときの仲間はどうしちまったのかなぁ…」
                                                                                                           
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手回しオルガンをやらせてもらった!                                                                                
そのおじさんの時代は、大道芸人がもてはやされた。
70年代から80年代のあいだパリにはいたるところに大道芸人がいて、ジャグリングやパントマイムが見られたそうだ。
当時の写真を見ると、火吹き男や一輪車、ジャグラーなどがパリの広場で、ところ狭しと芸をしている。
そして今となってはそのほとんどが何処かへ消えてしまった。
その中のほんの一部の人たちが、ブームが去る前に、新たなシルクのムーブメントをつくり出し生き残った。

年をとって体力の無くなったサーカス芸人はピストを去るしかない。
ダンサーなら振付家になるか、先生になるか、マネージメント業に転向する。
だが、引退したサーカス芸人はどこに行くんだろう。

<芸術家の天国フランス>というイメージは未だにあるようだけど、フランス社会もなかなか厳しい。

完全に失業した時は、ゴレンジャーに変身して、ヨーロッパにヒーローショー旋風でも巻き起こすかな…。

<パート4につづく>




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