カナイケイスケ

サーカス・アーティスト「金井ケイスケ」、またはパフォーマー「ケイスケ」のページ

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サーカスアートの国フランス パート2

2001年7月
フランス国立サーカス大学/CNACでの研修報告

サーカスアートの国フランス パート2


学外活動では、同級生の空中ブランコ乗りとベルギーのサーカスコンクールに参加しました。「俺たちは世界一だ!絶対ゴールドメダルを穫ってやる」との熱にうかされたような気合いで望みましたが、結果は選外。学生の甘さを痛感し、ヤケ酒(ベルギービール)をあおってヤケ食い(ベルギーワッフル)してフテ寝しました。
しかしこの惨敗を糧として精進した結果、フランスサーカス協会の後援を得るまでに成長しました。来年また二人で組んで、みんなをアッと言わせるような公演にしようと練習に励んでいます。

ここで日本に視点を移してみますと、サーカスの専門の学校もなければ、教えられる人もいないというのが現状です。もちろん「シルク・ドゥ・ソレイユ」のようグループも生まれようがありません。そこで今年から「体風の芽」というフェスティバルを企画して、フランスで学んだ文化、日本のアーティストを紹介するためにフェスティバルを開催するつもりです。その計画も着々と進行中です。もし、ポスターやパンフレットを見かけましたらぜひ足を運んでみてください。

2001年7月吉日
金井圭介

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この文章を書いてから六年経ったけど、フランスのサーカスもいろいろな変化があった。

<ベルナール校長>
当時CNACで校長をやっていたのはベルナール・テュラン。サーカス学校とフランスサーカスに一石を投じた人だった。

彼は赴任後すぐに、伝統サーカス出身のベテラン先生達を一掃した。そして元バレエダンサーや体操の元メダリスト、フランススキーのナショナルチームのコーチなど様々なジャンルから一流のコーチを引っ張ってきた。
ほとんどがサーカスなんて知らない人達である。 しかし、人間が行う運動であるからには、体操やダンス、スポーツ運動にもサーカスとの共通点は多い。むしろ逆にサーカスを知らない方が、古い規則に縛られず、近代化を図るには良い、と考えた上での事だった。 
さらに伝統サーカス出身でない若いサーカスアーティスト達も非常勤講師として、生徒達とともに研究を重ねることになった。その結果、もう生まれる事はないだろうと思われていた、新しい技術や新素材を使ったテクニック、従来のサーカスでは今まで考えつかなかった演出が生まれていった。

そして何よりも彼が大事にしていたのは卒業公演だ。彼が企画した7期生の卒業公演は振付家ジョゼフ・ナジを起用して現代サーカスとしては大ヒットした。
サーカス学校の卒業公演が1年以上もヨーロッパ中を公演してまわる事を誰が想像できただろう。

そのベルナールの実験室で僕らは育てられた。
学校では高いテクニックとともに他者とコラボーレーションをして、新しい創造をする事を求められた。そして僕らの卒業公演はフィリップデクフレが担当し、2年間ツアーを続ける。
アーティスト達は卒業後はサーカスだけでなく、コンテンポラリーダンスや演劇、はたまた演出や振り付けなど、さまざまなジャンルに飛び出している。
僕の同級生でもダンスや演劇の舞台に出演したり、映画のスタントマンになった者、ラスベガスのシルク・ドゥ・ソレイユの作品に出演している者などもいる。

「うちの学校は実験室のようなもの。いままでのサーカスがしてきたような、皆をアッと言わせるテクニックだけを身につけたり、個人のナンバーに力を入れるところではない。逆に卒業してから5年10年経ってから花が開くような教育だと思っている…」
これは、僕らのベルギーサーカスコンクールへの参加を校長ベルナールが大反対した時にいった言葉である。「君らのように、僕の学校で実験的サーカスをやっているものは、サーカスコンクール向きではない。今はまだ早すぎる。絶対に大恥をかいて、学生でいる事に疑問を持つ事が目に見えている。だからぼくは君らの将来を考えた上での反対なんだ」、そして「出場したら退学だ。その覚悟があれば参加しなさい」と言った。
 
結果参加した僕らは大恥もかかなかったし退学にもならなかったけど、ベルナールの言った言葉が身にしみた。普段自分だけのオリジナルナンバーをつくり、観客の前で拍手喝采を受ける事を前提とした従来の芸人と、CNACのような舞台芸術の先鋭になる事を重視した学校の生徒では、そもそも勝負する場所が違う。
歴史の歩みはとまる事はない。今までと同じ事をやるエネルギーがあるなら、生徒達はこの先の歴史を塗り替えることに力を注ぐべきだろう。

<パート3につづく>

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サーカスアートの国 パート1

2001年7月に書いた文章を久々に読んでみた。
あれから6年経った。現在のフランスサーカスの現状や日本での可能性をその頃と比較してみたい。                                                                                thumb_1185652570.jpg


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2001年7月
フランス国立サーカス大学/CNACでの研修報告

サーカスアートの国フランス

現在のフランスは「サーカスアートの国」といってもいいくらいサーカスが盛んです。一時はテレビなどのメディアに押され、一部のサーカスファン以外にはあまり見向きもされない時期がありました。しかし、1970年代に若い演劇人達が舞台を飛び越し、野外や街頭、さらにテントでパフォーマンスをするようになったのです。彼らはセリフの代わりに肉体を使ってダイレクトに観客にアピールしました。それはアクロバットやパントマイムなどの、サーカスで行われている芸です。彼らは幅広い層の観客を集め、老若男女が彼らの公演を観に来るようになりました。このようにしてサーカスアートは誕生しました。

このムーブメントは一過性のものではなく、世界中に広がりました。カナダの「シルク・ドゥ・ソレイユ」」、オーストラリアの「サーカス・オズ」、アメリカの「ビッグアップル・サーカス」、ドイツの「ロンカリサーカス」などがこの時期に誕生しました。この流れを汲んで、フランス各地で私立のサーカス学校が生まれ、86年には国立のサーカス大学が設立されたのです。

僕は日本人として初めて、この学校に入学しました。フランス人がこの学校に入るためには、パリにあるロニー高校(2年生)を卒業しなければなりません。さらにロニー校に入るために2~3年間、準備学校へ通う必要があります。もちろん優秀者しか進学できません。その結果、毎年の大学入学者は20人程度になります。

大学に入ると自分の専攻を選ぶのですが、ぼくはクラブジャグリングにしました。これは小型のボーリングの形をしたピンを、お手玉のように空中で回すテクニックです。これはもともとサーカスや大道芸で発展してきましたが、僕はさらに体の動きを加え、より芸術的に表現する事を目標としました。ちなみに他の生徒は空中ブランコ、綱渡り、アクロバットなど多種多様です。

授業は午前中、専攻のテクニックを磨き、午後は学年全員で演劇、ダンス、音楽などの実技のほか、演劇史、サーカス史、経済、経営、広告など幅広い学科を学びます。海外留学生にはフランス語の教師もつけてくれます。専攻の授業は教師とマンツーマンに行われるため、教師の数が生徒数をうわまわる事もあります。

学校生活ははっきり言って大変です。僕の場合、まずフランス語が壁になりました。専攻はいいとしても、学科ではかなり高度な理解力が求められるため、語学教師にはずいぶんお世話になりました。おかげで今はまったく不自由しなくなりましたが。
遅刻や欠席にも厳しく、3年間で4回までしか許されていません。5回目は退学です。授業中の怪我でも場合によっては自己責任とみなされるので、ただでさえ少ない生徒がさらに減っていきます。ちなみに僕の学年はこの2年間で6人退学になりました。

しかし厳しいばかりではありません。課外活動では頻繁にオペラ、バレエ、コンサートなどを観に行きます。オルセー美術館やオペラ座なども見学しました。さらに素晴らしい事に海外遠征もあります。僕たちはアメリカに行き、ルイジアナ州で公演をしました。地元の学校の子供たちに、パントマイムやアクロバットを教えて喜んでもらえたのが印象に残っています。

学外生活に話しを移しますと、とっても快適です。
学校はパリから電車で約1時間半のシャロン・オン・シャンパーニュにあり、ここはシャンパンの産地として有名です。田舎なので家賃がとっても安く(月3万円弱)、ワインはもちろんシャンパンもタダ同然(多少誇張してますが)毎週末には友人達のキャラバン村(芸人は移動住宅で暮らすのが基本らしい)でパーティーをします。もちろんパワー全開、ノリノリ、踊りまくりで疲れて寝るまで続きます。彼らいわく「疲れきった体に喝を入れる」そうです。もちろん怪我には気をつけていますが、そこは酔っぱらい、生傷が絶えません。

パート2につづく

| サーカスの世界 | 04:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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夏だ、カラダを解放しよう! 日本での特別企画です。

8月は日本でワークショップをやります。

サーカスでもダンスでも単なる体操でもない。

知っているようであんまり知らないカラダ…。 そのカラダをもう一度とらえ直す試みです。

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特報 スペシャル企画


ECCO的身体道 「コンテンポラリーダンスって!?」

フランス在住のコンテンポラリーダンサーがECCOのために贈る、ダンスの概念を変容させる特別ワークショップ!

ダンスとはリズムに乗ってステップを踏んだりカラダを動かすことでは必ずしもありません。
先ずは自らの固有のカラダに目覚めること。
そのためにはパターン化され硬化してしまったカラダのクセを見つけてそれを味わいつつ、楽しく解き放つこと。
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テーマは「カラダに近づく」 

もっとも身近でとっても不思議なカラダ、そのカラダを楽しみながらもう一度とらえなおす試みです。

講師

小松原留美
7才よりクラシックバレエを始め、ボリショイ(モスクワ)バレエ学校卒業後、同バレエ団にて研修、96年ロシア国立ニジュニー・ノブゴーラド・オペラバレエ劇場へ入団。

99年ルーマニア国立ヤシオペラバレエ劇場を経て、2000年ルーマニアのオレグダノフスキーバレエカンパニーで踊る。

02年よりフランスでコンテンポラリーダンスを学び、04年札幌芸術の森野外劇場で「Voyage」日仏共同制作のコンテンポラリーサーカスに振り付けおよび出演。

現在フランスにて、コンテンポラリーサーカスの新作をクリエーション中。 


金井圭介 
日本でタップダンス、ヒップホップ、パントマイム、能を学ぶ。

1999年、フランス国立サーカス大学CNACへ留学し、2001年、フィリップ・ドゥクフレ演出によるプロモーション公演 「CYRK 13 」 でロングランを記録。
その後、二人組のヌーヴォー・シルク・カンパニー、Oki Haiku Dan を結成し、ヨーロッパやアフリカ33カ国をツアー。

2004年には札幌芸術の森主催のヌーヴォー・シルク公演 「voyage」」 に企画、出演。2日間で約7,000人動員の成功を収める。

現在は南仏のコンテンポラリーダンスのカンパニー作品に出演。
また、アフリカ/チャドでのワークショップと作品制作、自身の新作の準備など幅広い活動を行っている。


第一回8月15日(水) 14:00〜17:00
第二回8月21日(火) 14:00〜17:00
*連続受講可(シリーズではありませんが同じテーマで内容は違います。詳細は改めて)

場所:高輪区民センター1F 集会室(地下鉄南北線白金高輪駅1番出口直結)
参加費:3000円

お問い合わせ

ECCO ハウス
TEL : 03-3446-4707
Mail : deepself@axel.ocn.ne.jp 
〒108-0072 東京都港区白金1-25-1
http://www.eccoproject.com/

モバイルはこちら http://eccoproject.com/m/

| ワークショップ | 20:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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花より団子 池よりガトー

「現在新作を製作中で忙しい」とまわりにいっておきながら、結構休みも取っている。                                           丁度6月に一週間ほど、作品制作に一区切りついたのもあって、いろいろ遊びに行っていた。遊びに行くと言っても女遊び、博打、酒飲み、麻薬のたぐいじゃなくて健全にフランス観光。                                         thumb_1184966966.jpg
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アスパラで胃を癒して、今回最後に向かった観光地は、印象派を代表する画家モネの家。 パリから電車で少し離れたジベルニーという町にある。                                                    モネの絵はいままでもルーアンやパリの美術館でみてきて興味はあったけど、それは作品の話しで、モネの家には特別に惹かれた事はなかった。
行っても彼の本物の絵はないと言うし…、モネがどんな風に寝てどこでメシ食ってたかなんて知ってもしょうがないしなぁ、と思いつつもあの睡蓮の庭かぁ。自然の中でゆっくり出来るかなぁ、いったらなんかひらめくかなぁ、と考えなおし皆とともにジベルニーへ。

まず最寄り駅に着いて、バスを待つ長蛇の観光客に驚いた。そしてついてみると、庭には大量の観光客が!
家の中に入ろうとしたら、そこもひとだらけ。入場制限がされていて、やっと入れてもまたしても人ひとヒト。しかも家は普通の家で、一つ一つの部屋はウチのパリのアパートと変わらない。ちょっと装飾が古めかしいぐらいか…。

えっと、じゃあここで、ヒトのいないところは…、あ、あった! まさしく睡蓮の池の中!                                              thumb_1184969691.jpg


一番の目玉は睡蓮の池ですね。モネが睡蓮を沢山書いといて良かった。その作品になった景色、すなわち睡蓮の池には今もヒトはいない(厳密に言うと池の中…、そりゃそうか)。 
でも反対の太鼓橋にヒトが見えるなぁ…。 蓮池なら日本にも沢山あるしなぁ…。 
後で聞いたら、シーズンオフに行くとヒトが全然いなくてゆっくりのんびりできるらしい。でもお花は咲いていないとのこと。

モネの家を後にしたあと、近くのカフェで頂いた自家製サブレとピスタチオのタルトと、リンゴケーキはおいしかった。しかもこじんまりとしていて、ヒトも全然いなくてホッとした。

旅で空っぽにしたアタマと、このお腹に貯めたエネルギーで、またがんばるぞー!


| 分類なし | 07:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『Gaikotsu』プレゼンテーション公演


現在制作途中の作品[Gai-kotsu]は、フランスペリグーのマイムフェスティバル MIMOSで完成前の20分のプレゼンテーションをします。

作、出演 Kanai keisuke
出演 Rumi Komatsubara
演出 Sebastian Lalanne
音楽 Rui Oowada
照明 Cecile Herault

2007年 8月4日20時30分スタート
※その他にもジャグリング、サーカス、マリオネット、クラウンなど、マイムに通じるアーティストが参加します。                                                                         thumb_1184788136.jpg

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Les forts partagés. Centre national du Mime.
20 h30 : le Théâtre.

1 Gai Kotsu avec Kaisuké Kanai de la compagnie Oki Haiku Dan.
2 Variation (1er volet) par et avec François Chat
3 Pétule par et avec Lucie Boulay
4 La boite (1er passage) avec Gilbert Epron Le grand Manipule
5 Les tubes avec Jörg Müller
6 Variation (2eme volet) par et avec François Chat
7 Duo acrobatique par Victor Cathala, Kati Pikkarainen
8 La boite (2ème passage) avec Gilbert Epron Le grand Manipule
9 Variation (3eme volet) par et avec François Chat
10 Croc par la cie Moglice – Von Verx avec pour Croc Mélissa Von Vépy
11 La boite (3eme passage) avec Gilbert Epron / Le grand Manipule
12 Le tennis par la FITC (fédération internationale de tennis de cirque)

★フランス最大のマイムフェスティバルです。詳しくは www.mimos.fr

| フランス公演 | 09:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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