カナイケイスケ

サーカス・アーティスト「金井ケイスケ」、またはパフォーマー「ケイスケ」のページ

2004年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2004年03月

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トゥールーズツアー・パート3   ロデズ第二話

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午前中にさっさと舞台の片づけを終わらせてさっそくレストランへ。

食事はジャン・フランソワ・シラクご推薦の名物料理「アリゴ」。

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これは地元チーズをマッシュポテトと混ぜたものをニンニクで味付けした超シンプルなものだが、ヤマイモのようにネバリがある。それを地元のソーセージと一緒に食べる。

素朴でうまい、不思議な食感。フォンデュみたいにくどく無いし、消化も悪くない気がする。気に入ったのでパリでぜひ試したいと思ったのだが、レシピを忘れてしまった。だれかおいしいアリゴを出してくれる、パリのレストランを教えて…。

このあたりはブルーチーズやロックフォールなどの青カビ系や、クリーミーなサン・ネクテールなどのチーズが有名。
「まだ車のなかった時代、この辺のチーズ商人はみんなパリに売りに出かけていた。その人たちの末孫が、みんなパリでフォマージュ屋になった…。パリのフォマージュ屋はみんなこの辺の地方出身なんだぜ、信じろよ!」とジャン・フランソワ・シラクが、念を押していっていたので30%ぐらいは本当だと思う。

ジャン・フランソワ・シラク(ふざけた名前だ…)に見送られて、ぼくらはまたトゥルーズへと出発。

次はトゥルーズ郊外ラモンビルで公演だ。
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| トゥールーズツアー | 16:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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トゥールーズツアー パート2  < ロデズ > 

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ブリュズMJC劇場のスタッフ「ジャン・フランソワ・シラク」


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トゥルーズから車に揺られて一時間と30分、起伏のある農村地帯を抜け、小高い丘が見えて来た。オーベルニュ地方「ブリュズ(BRUZ)」。

その丘は、おおきな木の切り株のようにそびえ立っていて、その頂きにはいくつもの建物が見える。ワクワクしてきた…、なんだかこれから冒険するみたいだ。
 
町にはいると、この町にしてはでかすぎるロマネスク様式の教会がある。10世紀頃、人里離れたこの辺りの地域はお祈りのための絶好の場所だったらしく、いくつもの大聖堂が点在しているらしい。

もっと田舎かと思っていたら結構スーツ姿の人もおおく、学生もいっぱいいる。ただ移民は少なそうだ。移民はだいたい都市の郊外に追いやられてしまう。特に南に来るとそれがハッキリしている。
そのことについてまわりのフランス人に聞くと、いつもみんな「セ・アンプ・ラ・ゲール…(ちょっとした戦争(対立)があるんだ…)」と困ったように答える。

劇場につくと、そこの舞台監督「ジャン・フランソワ・シラク」が出迎えてくれた。
ちなみに僕らのマネージャー「ジェフ」の本名はジャン・フランソワ、そしてフランス大統領はシラク。いったいどっちの血を引いているのか、観察してみたが、まったくどちらにも似ていない。
そもそもヒゲは二つに束ねられ、そのお下げの先は、水色のゴムで結ばれ、髪はオオカミカットで、昔いた日本のヤンキーのようだ。

さっそく彼といっしょに、舞台に空中ブランコを取り付けはじめた。

「曲をかけたい」というので「ウイ」とOKを出すと、曲とともにでかい声で歌いはじめた。最初はパンクから始まりロック、レゲエへと移行する。腰をクネクネ動かしながら、世良公則ばりに歌いつづける。とんでもないシラクだ。
劇場ディレクターがきたのでやめるかと思ったら、おかまいなし、態度も大統領級だ。
ディレクターもいい人で彼の好きにさせてるらしい。歌ってない時はひたすらギャグを連発する。僕の名前「ケイスケ」を「ケスクセ(これは何)?」「キィセキ(誰)?」、「ケイズク(???)」とかいってひとりでうれしそうに楽しんでいた。憎めないやつだ。そして仕事はちゃんとやっている。

本番は客席半分ぐらいしか埋まらなかったが家族連れが多く、本番中に舞台で演じている僕らに、客席から話しかけてくる子供もいて、ほのぼのとしたいい公演だった。

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| トゥールーズツアー | 09:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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トゥールーズツアー・パート4   サイコジャングラー



僕とセブの二人だけの小さなサーカスカンパニー「オキハイクダン」。今回は約10日間の南仏ツアー。
2/19~2/22 サン・ローラン・ドゥ・ネスト
2/23      トゥールーズ
2/24~2/25 ロデズ
2/26~2/27 ラモンヴィル
2/28~2/29 ヌガロ


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トゥールーズにあるジャグリングショップ<サイコジョングラー>の店内


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トゥールーズ
朝、不快な目覚め。
僕の嫌いなもの…、タバコの匂いだ。 

そういえば昨日、サン・ローラン・ドゥ・ネストから、トゥルーズに着いて、そのままコパン達(友人)とここに来て、飲んでたんだっけ…。

こことは、僕らカンパニーのアソシエーション代表「フランソワ」のアパートだ。僕はそこの居間に寝ている。他には誰もいない。
起きて紅茶と、残り物のバゲットにバターをつけながら食べる。うまい…。ここに泊まるのは三回目だが、いつも食材のうまさに感動する。

このアパートの主人フランソワは、おいしいものには目がなくて、紅茶やバター、ジャム等の嗜好品はいつも最高級なものをそろえている。彼はもともと北フランス出身だが、ここに数年前から友人と共に、ジャグリングやサーカス道具を扱うブティック「サイコジョングラー」をかまえている。
いまではトールゥーズのサーカスアーティスト達にお馴染みの場所。

そして僕らは彼の名前をアソシエーション代表として借りている。僕らのカンパニーに、なにか不正や返せないぐらいの借金をつくってしまった時は、すべて彼の責任になってしまう。 
僕らがカンパニー名義でサラ金で金借りて、キャバレーで豪遊、あげくにホステスに貢いだら、最終的な解決はすべて彼にまかせられるということだ。
そうなった時は、僕は80%ぐらいの確率で日本に雲隠れしている事だろう。

トゥールーズの街に散歩に出かける。
太陽が出始めて、レンガ造りの建物を照らしている。「バラ色の街」と呼ばれているトゥルーズはオレンジ色の屋根や建物が多く、歩いているだけでも楽しくなる町だ。
アーティストにも人気があり、サーカスアーティストだけでもかなりの数が住んでいる。
サーカス学校時代の同級生の半分は、卒業と同時にトゥルーズに引っ越している。彼等いわくトゥールーズは「南仏のパリ」だそうだ。だがパリよりも緑はあるし、人はのんびりしているし、一歩街の外に出ると魅力的な田園風景が広がっていて、僕からしたら、パリよりとっても魅力的な場所だ。

アパートに戻ると自分の車のベットで寝ていたセブと、別なアパートで寝ていたセシルが朝食をとっていた。
そのあと三人で階下にあるブティックを訪ねると、フランソワがパソコンに向かい、インターネット上でゲームをやって遊んでいる…。僕は彼が仕事をしているところを見たことがない。当然どこかで仕事をしているのだろうが、いったいどこでやっているのだろう…。
そんな彼を見ていると、かれの名義のカンパニーの金で豪遊しても、なんとかなりそうな気がする…。

ブティックには色とりどりのボール、クラブ、ディアブロ、ロープなどが飾ってあって、ジャグラーやシルカシアン(サーカスアーティスト)でなくても立ち止まりたくなるほどかわいいもの、不思議なものが置いてある。

いろんなものを手に取りながら遊んでいると、あっという間に時間が過ぎていく。実は僕もサイコジョングラー(ジャグリング中毒)の仲間入りをしてしまったかも…。

トゥールーズにいった際はぜひのぞいてみて…。
PSYCHOJONGLEUR (la Boutique du jonglage)
2 rue de Metz, F 31000 Toulouse

http://www.psychojongleur.com

※フランソワは現在ブティックを引退して、共同経営者のフレッドが続けています。

さあ、次はオーベルニュ地方RODEZ(ロデズ)に出発だ。

| トゥールーズツアー | 17:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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フランス/トゥールーズツアー

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公演地のガソリンスタンドで見つけた自分達の公演ポスターの前で

僕とセブの二人だけの小さなサーカスカンパニー「オキハイクダン」
今回は約10日間の南仏ツアー


2004年
2/19~2/22 サン・ローラン・ドゥ・ネスト
2/23      トゥールーズ
2/24~2/25 ロデズ
2/26~2/27 ラモンヴィル
2/28~2/29 ヌガロ

19日朝、パリ・バニョレ門で相棒のセバスチャンと待ち合わせ。ここで待ち合わせるのももう何度目だろう…。さっそく食料を買い込んで、トゥルーズ地方へセブ(セバスチャン)のキャミオン(バン)で出発する。

多くのサーカスアーティストがパリではなく地方に住んでいるように、彼もまた地方に住んでいる。パリや都市部は、サーカスの為の場所がほとんどない。空中芸や道具を使うアクロバットのアーティスト達は田舎の農家や朽ち果てた農業倉庫を改造して練習場にしていたりする。

セブも最近ピカルディー地方/アミアンに土地を買った。もともとアミアンは彼の地元で、自分のおやじに手伝ってもらいながら、家を建てていくらしい。当然設計図には彼の空中ブランコの練習場がある。完成は1、2年後…。

アミアンからパリまで車で約2時間、そしてこれから行くサン・ローラン・ドゥ・ネストはさらに遠く約8時間ぐらい、距離にして787キロ…。

 いつも思うのだが、パリから高速道路で南下する時の景色は飽きる。フランスの中央/サントル地方あたりは特に何もない…。
運転手はセバスチャン一人、僕は免許なし…。
というわけで僕の車の中での仕事は飲み物や食い物を渡したり、CDをかけてこまめに話題を提供し、ナビゲーターを努めることだ。
僕は最近買ったばかりの楽器「メロディカ(日本ではピアニカ)」を暇つぶしに持参。到着するまでに曲を4、5曲覚えただろうか…。ミディ・ピレネー地方に入った頃には、すっかりあたりは暗くなっていた。

南フランスの一番の楽しみは太陽だ。
オレンジ色した建物やオリーブをふんだんに使った料理などはまさしく南仏のイメージそのもので、できれば南に移住したいと思っているフランス人はたくさんいる。
僕らも今回のツアーは半分バカンス気分で、わざと二人とも薄手のズボンとシャツで来た。もうすっかり暗いが気にすることはない。北に位置するパリやアミアンからきた僕らにしたら、やはり南仏は、夜でも楽園に変わりはない。

夜8時、サン・ローラン・ドゥ・ネスト到着。猛吹雪…、本当に、猛烈に吹雪いている…。幸運にもこないだスウェーデンに行ったばかりのセブの車はスタッドレスタイヤをはいたままだった。寒さで二人ともガチガチに震え、雪に視界を遮られながらも無事、隣町にあるホテル「オテル・デュ・ピレネー」へ。

ホテルのレストランで食事…。
客は僕らだけ。到着が夜遅くなるはずだった僕らには、ちゃんと「モンション・ドゥ・キャナール(鴨料理のひとつ)」が乗ったサラダが用意されていた。
ガチガチに震えている僕らにはちょっと冷たすぎる料理だ。たまりかねて暖かいスープを注文しようとするが、「今日はもう厨房の火を落としたから何も出せない」と断られ、さらに「遅く着くなら電話ぐらいしなさい!」と給し役も兼ねているホテルのマダムに叱られた。

なんだか感じの悪いマダムだ。しょうがないので寝室へ…。

幸運にも浴槽があったので、風呂に浸かりながら、冷えた体を温める。南仏の輝く太陽はどこにいってしまったんだろう…、と考えていたら、お風呂場のデコレーションが気になって来た。タイル一枚一枚にはバラ模様がついていて、洗面所には手縫いの人形が飾ってある。お世辞にもうまいとは言えず、むしろ気持ち悪い…。どうやらさっきのマダムの趣味らしい。

風呂からあがって良くみたら寝室もバラ模様、シーツもバラ模様で、おまけに人形が三体ほど飾ってある。なんだか子供の頃に行った「蝋人形の館」を思い出す…。ここに三泊もするのかと思うと気がめいるなー、と思っていたら相棒のセブが、僕の寝室へやってきた。

彼は僕の部屋をみて笑っていたが、彼の部屋もさらにすごかった。床には多分本物の、狐だか猫だかなんだかの毛皮が敷き詰められていて、枕元の壁には巨大な金色の扇子がかかっている。どうやら部屋ごとにテーマがあるらしい。彼の部屋のテーマをあえていうなら「狩猟好きの中国皇帝の部屋」だろうか…。

朝、ホテルのレストランで朝食。昨日は気が付かなかったがここもバラだらけ(みるからに造花)で人形が至る所に飾ってある。

バイキング形式のテーブルの目の前には、ここの主人であるマダムの写真が額縁に入って飾られている。彼女の写真は廊下やロビーにも飾ってあったが、ここのが一番すごい…。ドレス姿の彼女が片方の肩ヒモをわざとはずしてこちらに微笑んでいる。朝から気持ち悪いものを見てしまい、セブとふたりして食欲を無くした。


こうしてトゥルーズツアーの第一日目は、吹雪と色仕掛けのマダムの微笑みによって幕をあけた…。パート2へつづく…

| トゥールーズツアー | 16:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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