カナイケイスケ

サーカス・アーティスト「金井ケイスケ」、またはパフォーマー「ケイスケ」のページ

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モロッコ・サーカスの旅7

モロッコのアシラのメディナ(旧市街)は真っ白な壁の建物がならび、他の町のメディナに比べるとのどかで清潔だ。そして海と太陽と壁画が、一日だけのバカンスの為にここに来た僕らを和ませてくれる。 1113331170.jpg 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜                                                                      アシラの町でやっとビールを出してくれそうな店を発見。 メニューには載ってないけど出す事はできる、ということは<ホントはアルコール出せないんだけど、内緒であなた達に提供しますよ>ということらしい。 そもそもモロッコでアルコールを出せるのは国からオトリゼ(許可)されてる店だけで、そうすると町の中心地にある外国人が多く泊まるホテルのバーかレストランという事になる…。ぼくらがいるのはオトリゼされていない定食屋だが、危険をおかしてまでビールを提供してくれるなんて、なんて親切でできた人達なんだろう。というわけでビールを欲しがるフランス人達の為に、ウェイターの若いにいちゃんはビールを求めてどこかへ出発していった。 さて、テラスで待つ事30分。おつまみで出て来たオリーブも全部食べ尽くし、太陽の下でひからびそうになっている三人(ジェフ、フレッド、セバスチャン)の横で、ビールを昼から飲まない僕とマリアナは最後のミントティーを飲み干す。その横で三人がしびれを切らして「あいつどこまでいったんだ、いくら何でも遅すぎる」「きっと警察に途中で捕まったんだ」「いや、どこいってもビールが見つからなくて探し歩いてるんだよ」と話している。 結局まつこと40分。ウェイターの若いに−ちゃんが遠くのほうからやってくるのが見える。片手にぶらさげている黒いビニール袋には瓶ビールが入ってるようだ。そのままぼくらのところへ持って来るのかと思ったら、まずは店内 へ。 観察していると、なにやらビール瓶を紙のようなもので巻いている。どうやらビールである事を隠す為らしい…。そしてやっと僕らのテーブルへビールを持って来た。 わざわざグラスに注いでくれたがどこからみてもビールであることはバレバレで、じゃあ最初っから隠すなー!と突っ込みを入れたかったがやめた。 せっかく願いが叶ったのに、ジェフ達はテラスでビールを飲んでるのがかえって居心地悪そうで、さっさと残りを飲み干しビール瓶もテーブルの下に隠し、さっさと出発することに。お代は一杯25ディラムなり(約300円)。だいたい料理一皿ぶんの値段だけど、おにーちゃんがビール見つけるために走りまわってくれたので、そのぐらい払ってもしょうがないか…。 ラバトではボッたくられたり、ここアシラではビールのせいで犯罪者みたいな気分になるし、今のところモロッコではアルコールに対していい思い出はない。でも海は綺麗で静かだし、レストランで海産物は新鮮なものを食べられるしおいしいし、おまけに全体的に安いし言うことなしっすアシラは…、座布団10枚! こうしてモロッコでのみじかいバカンスを終え、次はテトゥアンへ出発だー!

| モロッコ、モーリタニアツアー | 03:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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モロッコ・サーカスの旅 パート6

アシラのメディナでは、鮮やかな色を使ったいろいろな絵が至る所でみられる。誰が書いたのか知らないがちょっとした美術館のようだ。これもそのひとつ。                                                                           1113330517.jpg 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ブジェ・パ・ブジェのツアーにアルコールはつきものだ。まず移動の飛行機の中から、仕込みをしながら、公演が終わった後…。ただ僕は公演をすればする程身体が敏感になっていて、ある頃からあまりお酒を飲まなくなった。飲んでもみんなと食前に一杯ぐらい…。 ちなみにぼくはアルコールなしでも生きていけるが、一緒にいるフランス人の男達はダメかもしれない。 特にマネージャーのジェフは、燦々と輝く太陽を見るとコート・ダ・ジュール育ちの身体がうずくのか「オォ−!グランドソレイユ、アヴェック・ユヌ・プチットゥ・ビエール…、(ああ、太陽だ!ちょびっとビールを一杯…)」と叫び出す。 当然そんな時、彼のアタマの中にはビールを片手に太陽の下のテラスでくつろいでいる映像がひろがっている。 さて、今僕らはモロッコのラバト公演とサレ・サーカス学校訪問を終え、一泊二日のちいさなバカンスをとるため大西洋の海沿いの町”アシラ”にきている。 散歩に疲れハラが減って来た頃、さっそくジェフはビールを求め出した。たしかに”昼からビール”には最高の天気とシチュエーションだ。 ただしモロッコは、アルコールに対してはそれなりの規制がある。というよりも100%に近いイスラム教の国なので、宗教的にはモロッコ人は口にしてはいけない事になっている(でもウラで飲んでるひとはけっこういるらしい。そもそもモロッコで造られているワインやビールがある)。 「どうせ、表向きだけ自粛してるだけなんだから、すぐにアルコール見つかるだろう」とたかをくくっていたらラバトと違ってここアシラでは、お酒を手に入れるのにとても苦労した。 じつは外国人旅行者向けのレストランに行けばたいていお酒は置いてあるのだが、そういう所に行きたがらないのがアーティスト。僕達はなるべくそういう所を避け、モロッコ人達が集まる所に行くことにした。 さて、望み通りに庶民的な定食屋のテラスに座り、ビールを注文しようとするが、メニューのどこを見ても載っていない。 歩きまわって一軒だけ「メニューには載ってないけど用意する事はできますよ」と若いウェイターのおにいちゃんが笑顔でささやいてくる店を見つけた。 それってどう意味だ?ないけど出せるってこと? 「君はアラジンかい?」とおもわず聞きそうになった…。 パート7へ

| モロッコ、モーリタニアツアー | 03:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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モロッコ サーカスの旅パート5

モロッコのサーカス学校の生徒達にのせられ踊っている図。                                                                                    1113266067.jpg                                          はしゃぎ過ぎて怪我をした。                                                                      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 モロッコラバト公演を終えて、隣町サレのサーカス学校(正式名はシェミだかシェムジだか…)に練習の手伝いをしにやって来た。まず校舎の子供達の普通授業を見学。そしてそのあとは上級生達のサーカス練習の手伝いをしにいく。 <自分達のサーカスを目指す子供達> 学校のお隣のサーカステントでは中学生から高校生ぐらいの年齢の子がサーカス芸を学んでいる。 テントに入るとアクロバットとジャグリングの教室をやっているところだった。モロッコには大道芸でアクロバットをする伝統文化があるせいか、アクロバットのレベルは悪くない。ていうか教える事無いじゃん。ジャグリングも悪くないし…。 なのでテクニックをどう応用するか、それぞれのケースに応じて一緒に考える事にした。 この学校おもしろいのは、生徒と一緒にサーカスの教師も教育しているところ。教師はみんなもと体操選手だったり運動についての経験がある人達で、それなりにサーカスについては実験的に教えている。 フランスで僕が出会ったサーカスの先生も、クリエイティブな面でいいセンスをもっているのは決してサーカス出身の先生ではなかった事を思い出す。 教師達も集まって僕らがやる事を観察して色々質問して来る。たまに生徒のほうが先に理解して、先生に教えたりしているのがおかしい。みんな仲良しだ。ただし生徒が先生にたいして偉そうにする事はない。礼儀という事もあるかもしれないが、サーカス学校の生徒にはテクニックを教わる以外に、第三者として先生の目が必要だからだ。そういう意味で彼等の関係は明確だ。練習する人とそれを見て意見する人。とってもクリアーだ。 サーカスの授業が終わって、ノリのいい生徒達がぼくに「ケイスケ踊れるでしょ!」とマイケルジャクソンのCDをかけてくれた。くそ、見抜かれたか…、ならばしかたがない、インシャアッラー! そんなわけでみんなとブレイクダンスバトルに突入。ま、バトルといっても要はみんなで輪になって踊って、ひとりが真ん中でまわったりして場を盛り上げるというやつだ。 もともとアメリカのヒップホップ文化だが、あっというまに言葉を超えた身体とリズムの交流ができるのは世界共通だ。日本でもフランスでもアフリカでもやってしまった事がある。さすが女の子の腰のくねりはアラブ圏ならでは?ベリーダンスを思い起こさせる。電気ショックのような腰使いのカメルーンを少し思い出したが、それとはまた違うリズム感。 ヘトヘトになるまで踊らされてしまった。約10人対1のダンスバトルじゃそりゃつかれるわ。マットの上だったので靴脱いで靴下で踊ったら、それが間違いで軽い怪我をしてしまった。このときに突き指した足の小指がいまだに痛い。でも思いっきり楽しませてもらったのでまいっか。 サレのサーカス学校、きっとうまくいくだろう…インシャアッラー!(すべてはアラーの思し召し!) ※次はツアー中の小休止、「アシラ」でバカンス!

| モロッコ、モーリタニアツアー | 09:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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モロッコサーカスの旅パート4

   サレサーカス学校の渋いイスラム門               ここを抜けると昔、ジブラルタル海峡を荒らし回った海賊達の末孫がサーカスの練習をしている。                                                                         1113247913.jpg                                                                                                                             モロッコの首都ラバトから、メディナ(旧市街)を抜けると目の前には大西洋がひろがる。その右横の川むこうには、サレ地区がみえる。これから僕らがお手伝いをするサーカス学校がある町だ。                          もともとこの町は11世紀に開かれ、そのあとは海賊船の基地だった。海賊の末孫達がつくったサーカス学校か…、身ぐるみはがれてもいいから命だけは助けてもらおう…。                                                                         <イスラム圏のサーカス学校>                        運転手ムスタファの運転で、白い家や土壁の昔ながらの家並みが広がるサレの町に入っていく。                                学校が終わったばかりらしく、子供達が道のそこら中にあふれている。ムスタファはその子供達にむかって「ヤンラ!ヤンラ!(行け行け!)」といって追い払うが、彼も同じ年頃の子供がいるせいもあってか表情には優しさがにじみでている…(やっぱりちょっとキングギドラに似ているが。)                   細い路地をとおり抜け、ぽっかり目の前に空と海が広がったかと思ったらその横の方に、ぼろぼろのレンガと土でできた四角い城壁なようなものがある。サレサーカス学校だ。                                                                         このサーカス学校はできて間もないが、あっというまに急成長した学校だ。サーカスとしての活動もしていれば、ストリートチルドレン救済もしていて、社会的な貢献度もある。その意義のすごさは知る人ぞ知るスペインのベンポスタサーカスに似ているかもしれない(ただしサレはまだまだ小さいですが…)。イスラム圏のヌーボーベンポスタ!なんちって…。                                                                 いかにもアラブっぽい門をくぐり、城壁に入ると、中にはなかなか大きなサーカステントと学校兼宿舎、そして小さな畑とミニサッカー場がある。まずは校長先生に校舎を案内してもらう。                             国語、数学、理科、社会などの基本科目の他にフランス語、英語などをやっている教室があり、授業参観させてもらった。結構この国もしつけが厳しいらしく、みんな落ち着いて授業に集中していた。この時の授業はだいたい小学生で、普通の家庭から来ている子もいれば、ストリートチルドレンや孤児たちもいる。                                                家が遠い子やストリートチルドレンは学校の宿舎に泊まれ、昼休みに家に帰って食べられない子は学校で給食が食べられる。普通教育の学校とサーカス学校が一緒になって、貧しい子達を救いあげるシステムもくっついて、いろんな階層の子供達がサーカスをとおして相互理解を学ぶ場になっているらしい。                                                     <サーカスによる弱者救済>                          モロッコの裏社会ではストリートチルドレンやアルコール、ドラッグ漬けの若者がいたり、田舎では人身売買や強制売春もあるという…。残念ながらそういう人達を救うシステムが、この国ではまだまだ確立されていないのが現実だ。そんなモロッコで、社会的弱者の為のサーカス学校は新しい試みだ。                                                      日本では昔サーカスはひとさらいと思われていたようだが、この学校のサーカスは人さらいや裏の社会から子供を救うサーカスと言えるかもしれない。        サレの学校は小さいし、受け入れられる生徒も限られているだろうが、がんばって続けて欲しい。これを読んでラバトに行った際は、ぜひここを訪れて、可能なら寄付をしてきて下さい。                                                                    校舎見学は終了。次はもっと年長者がいるとなりのサーカステント見学へ!

| モロッコ、モーリタニアツアー | 04:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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モロッコ サーカスの旅 パート3

テトゥアンのメディナ(旧市街)のなかにある野菜市場         このなかにひとりで入り込んだら簡単に迷ってしまう…。                                                                                                                                                                  1113214874.jpg                                                      <ラバト公演>                               モロッコ/ラバト公演は満員御礼。                      なんと以前フランスのストラスブールで僕らの作品をみたフランス人のお客さんやカサブランカから電車で来たお客さんまでいた。                 この国の経済はイスラム圏のなかでも急成長しているらしいが、文化的にはまだまだ発展途上のようで、なかなか劇場で現代的なものを観たくても、あまりないらしい。そういうわけで素晴らしく盛況だった。                                                          <ぼったくりディスコ>                           公演も無事終わり、少しモロッコに慣れた僕らは、ラバト公演打ち上げとして、ホテルマネージャーに勧められた「ナイトクラブ」という名のディスコに出発した。                                        入場料はタダで、ポルトガルで活躍するコンテンポラリーダンスの振付家でもあるマリアナと僕は、さっそくダンスフロアーへ。他メンバー3人はカウンターでビールを飲みはじめる…。                              夜中1時を過ぎてお店も混んで来たころ、ジェフが僕に耳打ちしにやってきた。「この店ぼったくりだ、ビール8杯で800ディラハム(約1万円)もとられた。おれたちはもう帰る!」と。 実はここを僕らに勧めたホテルのマネージャーが、このディスコも仕切っていて、そのマネージャーに笑顔で請求されたらしい。                                              800ディラハムといえばこの国では大金だ。階層によっては一か月分の給料に値する。当然モロッコ人にはこんな法外な値段は請求しないだろうが…。そもそもアルコールはイスラム教では禁止されていて、アメリカのイラク介入以来、モロッコではイスラム主義が多少強くなり、アルコール規制が厳しくなったと聞く。                                             僕とマリアナは結局夜中の2時過ぎまで飲まずに踊りつづけたが、最後はなにも請求されなかった。                              <インシャーアッラー>                           ホテルのチェックアウト。ほんの数時間前にジェフ達からお金を巻き上げたホテルのマネージャーが、眠そうな目をこすりながら満面な笑みで僕らに「ショクラン!(どうもありがとう)」と感謝してきたのは言うまでもない。                                                  そして「インシャアッラー!(すべてはアラーの思し召し!)」と返す僕ら…。起きた事はしょうがない。そんな日もあるさ…と。なんだかすこしずつモロッコに慣れてきたようだ。                                                                      大都会だと思っていたラバトもよくみると古い文化がしっかり残されていて、この町に刻まれた歴史の長さを感じずにはいられない。人ものんびりしているし、最後には結構気に入ってしまった。                                                                モロッコの旅はまだつづく。これからラバトの対岸にあるサレ地区のサーカス学校へ…。

| モロッコ、モーリタニアツアー | 19:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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